食品会社は、工事中に出るゴミや埃を嫌います。他の業者さんは職人的なところがあり、自分の仕事をこなすことだけを考える人が多い中で、田崎設備さんは、「食品会社を安全に守る為の心構えが出来ています。」

仙波包装株式会社様は、昭和49年に
仙波糖化工業(株)の子会社として設立されました。食品包装の専門受託業(Custom Packer)として常に時代の先端を行く包装技術と品質管理でお取引各企業様から信頼を頂き成長してこられた会社です。7代目の代表取締役社長の落合光明様にお話をお伺い致しました。
---主にどんな商品を扱われていますか。---
粉末、ペースト状、液状などの食品の製造、包装です。わかりやすく言いますと、粉末の健康食品や小麦粉製品、カップ麺のスープ類などです。粉末製品70%、液体製品30%の割合です。一般家庭の日常の食卓に多種多様に関わっています。

---経営者としての責務をどう捉えていらっしゃいますか。---
「変化の止まった会社は腐敗する。」が信条です。
昭和49年の設立当初は、親会社である、仙波糖化工業(株)の製品(粉末食品、インスタント食品関連の味噌や醤油、カラメル製品)の包装をする会社としてスタートしました。第1期の変革として、昭和53年に造粒機を新規で導入し、大手食品メーカーからの仕事を受託することになりました。その後も、第2期として、昭和57年に、メーカーからカップ麺のスープの製造を受託しました。現在は、様々な形状・素材の製品を多数のお客様から受託し、製造、包装、発送代行をさせて頂いております。企業は常に変革し成長しなければいけません。日々、技術を積み上げる事が大切です。自分自身、技術者として、人に出来ることは自分に出来るはずだ と信じてきました。機械が生産性が上がらないときは、機械メーカーの方と工場の床に寝泊りしながら改善を重ねたこともあります。

---人生観をお聞かせ下さい。---
当社の設立以前に勤務していた会社(仙波グループのひとつの仙波興産)で27歳の時に、工場の敷地内で事故にあいました。大型運送車輌と自分が乗ったフォークリフトが接触、その事故で骨盤骨折し6ヶ月入院の重症でした。当時の仕事現場では、自分には部下が50人ほどいました。入院生活中の最初の頃は、部下が毎日のようにお見舞いに来てくれましたが、次第にきてくれる人もなくなり、とても寂しい思いと挫折感と焦燥感の日々 を送りました。その入院生活は後々の自分の考え方の根底になっています。現在、私は代表取締役ですが、それは会社での立場であって、肩書きをはずした時に、1人の人間としての価値があるのかどうか常に自分に問いかけています。「自分だけが目立ってはいけない。回りの人たちがみんな輝けるような仕事や環境をつくることが大切です。」

---田崎設備をどう見ていますか---
田崎設備さんとは既に20年余りのお付き合いです。田崎社長はとても真面目な性格で、他の業者さんよりもフツトワークが良く、コストが低く丁寧な仕事をしてくれます。
当社は、食品会社ですので、例えば、工事中に出るゴミや埃を嫌います。他の業者さんは職人的なところがあり、自分の仕事をこなすことだけを考える人が多い中で、田崎 設備さんは、「食品会社を安全に守る為の心構えが出来ています。」 安心して任せられます。
---今後、田崎設備に対するアドバイスをお願いします---
日々、技術を積み上げて多くの仕事をして欲しい。仕事というのは内容が伴わないといけけない。
「失敗してもめげるな。成功しても慢心するな。」企業は常に成長し続けなければなりません。「変化の止まった会社は腐敗する。」この言葉を田崎設備さんにも贈ります。